宇宙教育 - feeling the earth -

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次期主力ロケット「H3」打ち上げ失敗は再発しないのか

 令和5年3月7日の朝(午前10時37分)、日本の新たな主力ロケット「H3」の初号機が種子島宇宙センターから打ち上げられました。新規に開発された第1段ロケットは正常でした。その後、第2段エンジンを着火できなかったため、搭載していた地球観測衛星「だいち3号(ALOS-3)」を所定の軌道に投入できず、指令破壊を実施して打上げは失敗となりました。

 当日、私は地域の小学校にて宇宙授業を開講していました。授業の途中に時間を取って、H3の打上げを教室の大型液晶画面に表示して、子ども達と一緒に見守っていました。第1段は無事に打ち上がったので成功と信じていました。授業の後にニュースを見たところ、成功実績の高いH2Aと共有している第2段ロケットにて異常が生じており、その影響の大きさを知りました。

 事故後に対策本部を設置して原因究明が進められ、調査状況は毎月委員会へ報告されていました(調査・報告内容は公開されています)。前職の経験から多数の関係者が、膨大な時間をかけて、データ収集、分析・評価、再現性試験、重々しい議論、膨大なコメントや修正を重ねた報告書の作成に追われている姿を想像できました。現場にいたら胃が痛くなりそうです。H3ロケット2号機(2月15日 打上げ予定)の成功のためにとはいえ、少し後ろ向きになる不具合対応にモチベーションを維持することは困難であったと思います。

 事故報告書に目を通しましたが、私が担当していた業務が人工衛星や宇宙ステーションが主でしたので、ロケットの詳細設計に関わる説明となると理解が難しいこともありました。ロケットは打上げから衛星投入まで十数分間のために製造され、エンジンなども冗長にできなく、些細な故障もロケット失敗に繋がります。数年、十数年に渡って運用され、機器が故障しても冗長構成を活かして機能を維持する人工衛星や宇宙ステーションとは設計思想が違います。

 打上げ失敗の原因として、『第2段エンジンの着火信号の直後、2段推進系コントローラ(PSC2)が電源異常を検知し下流機器への電源供給を遮断。その発生要因として、PSC2の下流機器で過電流が発生したこと』と特定されています。今回の失敗に対する推定原因が電気系統であったため、元技術者として報告書を精査していました。疑問であったのは、電気系統を2重にして冗長構成となっているのに、一つの故障で衛星を投入できないミッション失敗まで到達したのか。

 報告書の中でも、機器(主にハードウェア)の故障要因を再評価して、個々に打上げ失敗への波及有無と追加の対策についてまとめています。ただし、2系統のA系・B系が同時に遮断したのは「採用した並列冗長設計の考え方に基づく設計意図通りに作動していた」と結論となっており、ミッション失敗となったのに冗長設計は見直されていません。私個人の意見では、現状の対策では打上げ失敗の再発に対する懸念が拭えませんでした。

 電源供給の安全装置として、下流機器を保護するために過電圧防止機能、短絡(ショート)などで故障した下流機器を切り離して広範囲に波及することを防ぐ過電流保護機能を備えています。下流機器が第2段エンジン(シングル系)であるためか、冗長構成として分離しているべきA系・B系が結線されています。具体的には、直流電力はホットライン(+)からリターンライン(−)に流れます。報告書によるとA系・B系のリターンラインが結線されており、下流機器における一箇所の故障によってA系・B系の安全装置が同時に働き、完全に電力供給が遮断されます。

 冗長・安全設計から見直して、シングル系である第2段エンジンが製造において高信頼性を維持できるならば、過電流保護機能は必要なく、部品・構成要素を削減して信頼性を向上させるべきかもしれません。部品や要素が増えるほど信頼度は低下します。H3ロケット2号機では、PSC2 B系の過電流保護機能を修正して、過電流を検知して遮断するまで8ms(ミリ秒=1000分の1秒)から1s(秒)へ変更されるようです。実質的に過電流保護機能を無効にしています。実際に1秒間短絡が継続したら電気回路は破壊され、他の機器へ損傷や破壊が波及してしまいます。

 我が国を取り巻く安全保障の状況を考えると、日本が平和利用で大型ロケットを打ち上げる能力を維持することは、周辺国から脅威にさらされている我が国にとっては重大であります。経済状況や円安などで国際的なコスト競争力は変動するので、デフレ脱却に向かう中では過度なコスト削減を求めず、H3ロケットも高い成功率をともなう機体として改善していただきたいです。